熱海駅から国道135号線を湯河原方面に進み、海側に降りていく傾斜地に花崗岩を敷き詰めた「海光町の石畳」と呼ばれる場所があります。
戦後この地域を収めていたアメリカのGHQが、ぬかるんだ道路に石畳を敷いたのがきっかけでこの石畳ができたとされています。この場所は明治以降に開発され、古い建物とすでに取り壊された歴史ある建物の跡地が、点在しており、野村塵外荘(のむらじんがいそう)という 昭和14年竣工の野村證券・大和銀行の創始者である野村徳七氏の別邸や、その先には惜櫟荘(せきれきそう)と言われる 岩波書店創始者の岩波茂雄氏の元別荘がありました。別荘を建てるにあたり棟梁が庭にあるクヌギ(櫟)の老木を切り倒したいと伝えたところ、岩波氏が『櫟を切り倒すなら私の腕を先に切れ』と言ったのがこの名前の由来だといわれています。また、この地域には《熱海ホテル》という洋館の跡地もあります。
大正ロマンを味わいに、別荘から海光町まで足を伸ばしてみてはいかがでしょうか?